“幻”の関東の大島

吉田屋呉服店では、地元で昔から営んでいる呉服店だからこそ持っている、もう幻となってしまった飯能大島紬のマスクをご提供させていただくことにいたしました。

飯能大島紬

飯能は、水を引きにくく田んぼを作りにくい武蔵野台地の西の端に位置しています。縄文時代のはじめである7,000年ぐらい前から人が住むようになったと言われていて、麦や苗木など畑作中心の土地柄でしたが、8世紀ごろの絹の伝来を経て、絹織物業が栄えるようになりました。林業や畑作と並んで、飯能の人々は長く養蚕・絹織物を生業として栄えてきた歴史があります。

特に、江戸時代や明治時代では、大人口を抱えた江戸・東京の着物のニーズは非常に高く、「村山大島」というブランドで大島紬に似た光沢のあるシックな着物が飯能や東村山や狭山界隈で生産されるようになりました。

近代に入ると、村山大島のうち飯能・入間で生産されることが多かった男物の着物が「飯能大島」と再定義され、8世紀ごろから綿々と受け継がれてきたその技術が埼玉県の伝統工芸品として指定を受けることになります。

生産されなくなってしまった飯能大島

しかしその後、平成に至るまで、海外の安い繊維・織物に「飯能大島」は押されていってしまいました。日本人の文化としても、一年の中で着物を着る習慣をもつ人の数もどんどん少なくなっていき、「飯能大島」の技術の継承者は減少の一途をたどりました。

そして、令和4年現在、この「飯能大島」を現在も生産している伝統工芸士は、残念ながらもう一人もいないと言われています。千年以上に渡って受け継がれてきた関東の技術は、いま後継者が現れない限り、もうなくなってしまうことが見込まれます。

吉田屋呉服店には、着物を仕立てた後に出る貴重な飯能大島の生地がわずかながら残っています。

いま、コロナ禍にある世界で、日本の伝統工芸を役に立つようにするためにはどうしたらよいか。吉田屋では、これらの布をマスクとして作り直し、販売させていただくことにしました。